「タウンマネージャーが商店街でショップをはじめたら」

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日本全国の中心市街地活性化と商店街活性化を、
富山を通して語る、考える、変えてみる。

富山市のコンパクトなまちづくりが完了しようとしている。市長もこの任期での引退を仄めかしている。そんな時の取材依頼。何を聞きたいか想像できるのでお答えします。

カテゴリー:タウンマネージャーが考える地方創生とは?
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さて。
市長は有限ですが、富山市はまだまだ続きます。
最終章的な空気の中で
私にも取材依頼があるのだと思います。
聞かれる前に、先に答えられることは答えましょう。

①そもそも富山市はコンパクトシティなのか?
うーん。違います。コンパクトなまちづくりと苦し紛れで表現するように、
広がった地域を公共交通でつなぐ団子型(クラスター型)と
自分たちで紹介しています。
つまり、コンパクトではないということです。
コンパクトではないので、
コンパクトシティとしての成功例というのも無理がある。
無理があっても、白いものも黒になる世の中の一例です。

②コンパクトシティはうまくいった!なぜ商店街はシャッター街?
まちづくり3法改定時を思い出してほしい。
中心市街地活性化から商店街活性化を除外したはずなんですが、
地域によっては入っていたり、
入っていなかったのに途中で中活に商店街も入ったり。
とても曖昧です。3法改定前にTMO法と呼ばれるものがあり、
それは商店街活性化が中心市街地活性化の肝だったのですが、
全国の商店街のあまりに不甲斐なさから、
外されたと記憶しています。
そもそも不甲斐ないのですがら。
名を変え、法を変え、コンパクトシティと呼ばれても、
衰退が止まるはずはありません。
商店街が地方では必要とされていません。

③今後の富山市は何を目指していくのか?
コンパクトシティではないので、
その矛盾の遺産みたいなものに対応する必要がある。
LRTで富山市の南北が繋がったことで、
岩瀬から南富山までicカードなら180円で行けることになる。
かつていろんな人々が、
富山市の北部の方々を中心部にこさせたらいいと
呪文のように言っていましたが、
同じようにかつての図書館移転したら活性化するや、
映画館ができたら活性化すると同じ運命かもしれません。
広々コンパクトシティの代償に、
市政は苦戦するかも。

こんなことを、答えたでしょう。

東京にいると思います。
朝の地下鉄の運行状況は気になっても、
地方のことなんて考えることはありません。
富山のコンパクトシティについて
私に聞きたそうな人も
地方の人たちでした。
地方が地方に興味を示しているだけで、
東京では地方になんの興味もない気がします。

大阪都構想でさえどうでもいい。
騒いでいるのは大阪だけです。
大阪が良くなろうとどうなろうと
東京には関係ない。

震災などがあると、
東京でなくてよかったと結構な方々が思っている気がする。

東京にとっての地方は、
観光地です。
それ以上のポジションは求めていない。

東京と都市間競争しているなんて思っていないし、
東京と比べることもない。
地方は地方。
遊びに行くことになれば調べるが、
それが以外で興味を持つ必要もない。
日本=東京で、
それ以外はおまけ。
属国で奴隷。
言い過ぎでしょうか。
私には最近そう見えるんです。

そして、私はそう言った国家観がきらいです。
だから地方の活性化について
色々自分なりに努力してきました。

地方から東京に来て、
東京にないもので勝負している自負もあります。

以前から書いていますように、
東京には実体がないと思っています。
多くが消耗品で、
育てる環境にない。
だから歴史がない。育った結果がない。
ブランドがない。
そうそう、東京タワーの扱いがすべて。
これが日本かと海外の人に思われたくない。

私の店も
どれだけ売れていても
東京で16年間営業することは難しかったでしょう。
売れていても消耗されていたと思います。

地方だからここまで育った。
歴史を持てた。
ブランドになれたのだと思います。

だから、私は富山ブランドであることが誇りです。
単なる商品ではない。
消耗品でもない。
パクリでもない。
地域に信頼されている実体のあるもの。
出自をはっきりしている自信。

それを誇りに
東京をすっとばして
海外に行ってみたい。
東京を利用して、
世界に行ってみたいなんて妄想があります。

富山から世界へ。
YKKさん並みですね。

シャッター通りから
富山ブランドになり、
クールジャパン代表へ。

それが私のタウンマネージメントの最終章だったら、
いい人生だなって思えます。

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